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追悼 エリック・ロメールがいた場所へ

昨日夕刊でエリック・ロメール監督が亡くなったことを知った。89歳。えっ、という感じだった。

大学で仲間と8mm映画を撮っていたのがジュール・ベルヌの「緑の光線」へのオマージュ作品だった。そのため、初めてロメールの作品と出会った時の驚きが強烈だった。ロメールの「緑の光線」では、主人公のバカンスでの孤独感をこれでもかと描き、最後には文字通り一条の希望の輝きを見る。美女もアクションも何も無い淡々としたストーリーにも、深い印象を覚えている。なんでもない木々が風に揺れる映像のシーン。ロメールのカメラの真骨頂。木々の映像に主人公の揺れ動く感情が描かれている。というより、焦燥感で自分を責めていた頃に自分が見ていた風景のように思えた。


ロメール作品上映館に夢中で通った。どこの街だったかも思い出せないがジリジリと焼けるような夏だった。

最初の長編「獅子座」は見事な教訓劇で、圧倒された。
ヌーヴェルヴァーグ時代の好きな作品を3つ選ぶとしたら、トリフォーの「大人は判ってくれない」、ゴダールの「勝手にしやがれ」、ロメールの「獅子座」を挙げる。トリフォーは感情を昂らせるし、ゴダールの映像美に魅せられ、ロメールの物語には入り込む。

影響を受けた音楽とかっていう話をよく聞くし、私にもそういう曲がある。ロメールの映画を私は深く愛しているが「影響を受けた」かというと違うような気がする。

音楽は、今を共有し感情を重ね、踊る。それゆえか、人の現在、未来に作用するものとなる。
本は、想像力を援用する分、自己を投影し他者に寄り添う。それゆえか、智慧を創造し統合し再編し文化や文明を司る。
映画は、物語に没入し、世界を閉じ他者を拒否する。それゆえか、個人体験を深めるも、はかない記憶のようだ。

ロメールはフィルムにこだわった。そもそも映画とは、場所と時間を光の虚像としてフィルムの表面に定着させる。本来は限られた再現力しかない、傷つきやすく、はかないもの、大切に守る記憶であった。それは個人としての体験であり記憶であることなのだと思う。


パリの街は、行ったことがないくせによく知っている街だ。多くがロメールをはじめとする映画の中のパリの記憶。
シテ島のベンチで風に揺れる木々を何度眺めていただろうか。

そう、ロメールがいた場所にまた行こう。
フィルムの上で。そして実際のパリへ。


エリック・ロメール - Wikipedia

P.S.
いまならフィルムは無理でも、(私も全て持っているが)DVDで多くの作品を観ることが出来る。
私の個人的好みは「友だちの恋人」だか、やはり最高傑作と推す作品は「海辺のポーリーヌ」と「夏物語」になる。この作品は2部作とも呼べる内容でありロメール作品の全てが詰まっている。あいまいなニュアンスの恋愛感情はもちろん、バカンス、ダンス、自然、会話、、、また70歳を越える頃の4部作「四季の物語」シリーズは驚くほど瑞々しい恋愛の物語で素晴らしい映画作品。日本でも多くの女性誌をはじめとして非常に話題になった。初めて観るのであればこの「四季の物語」シリーズ4作品をオススメする。




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